出稼ぎ時代…東京のホテルOでルームサービスをするアルバイトをする

昭和52年、サロベツ原野に自分の民宿をオープンさせたものの、訪れるお客さんも少なく、生活費&家を建てるために友達に借りたお金を返すため、父ちゃんは冬の間、東京へ出稼ぎに行った。

母ちゃん:冬の間、東京に出稼ぎに行った時は、下北沢で間借りしていたと言うことですが。

宿主:小田急線に乗っていて、なんとなく「この街に決めた!」と思って駅に降り立って、駅前の不動産屋で「条件は問わないから、とにかく一番安いところを紹介してくれ」といったら、3畳一間で7,500円の部屋を紹介してくれたんです。

母ちゃん:3畳一間って、なんだか「神田川」に出てくるような世界ですね!

宿主:線路の踏み切りの側で、電車が通るとそれこそ裸電球が揺れる感じで。電車に乗っている人の顔なんかもはっきり見えたなあ。

母ちゃん:すごくやかましそうなところですね。

宿主:慣れるとぜんぜん平気で寝れるんですよ。大家さんが、「あとから荷物は届くのか」って聞くから、「いや、デイパックひとつだけ」と言うと、大家さんちで余ってる布団をくれてね。俺は寝袋で寝るつもりだったから、すごくうれしかった。

母ちゃん:3畳一間だったら、荷物も何も置けないような気がするんだけど。

宿主:いやあ、真ん中に万年床を引いて、右にきれいな下着、左に汚れた下着を置いて、布団からすべての物に手が届くからね、便利なもんですよ。

母ちゃん:なんだか部屋の中が想像できそうな・・・。

宿主:俺以外誰も借り手がいないのか、次の年に行くと、やはりそこが空いていてね。毎年冬になるとそこで間借りしていました。

母ちゃん:今じゃ下北沢も、雑誌に載るようなおしゃれな町になったそうですから、そんな3畳一間の貸し部屋なんて、絶滅してないでしょうねえ。

宿主:金子ボクシングジムの隣だったんですよ。今でも金子ボクシングジムはあるみたいなんだけど、今はそこ、どうなってるんだろう。なつかしいなあ。

冬の間していた仕事は、ホテルOでルームサービスをするボーイの仕事だった。

母ちゃん:ホテルOというと、結構有名な、大きなホテルですね。

宿主:沖縄の旅仲間に、その仕事は結構いいバイトになるって聞いていたからね。当時で時給1,000円近くあったんですよ。

母ちゃん:仕事の内容は、部屋に、ルームサービスを持っていくんですね?

宿主:ルームサービスを持っていくのと、セッティングとローテーションでね、あるんですよ。拘束時間は、昼の3時から夜中の12時まで。そして仮眠して、朝5時から11時までやって、退社。で、下宿に帰って寝て、次の昼の3時にまた出社するんです。

母ちゃん:序列関係がすごい世界だったんですってね。

宿主:そうなんです。コックは神様。そして俺らボーイは、人間扱いされませんでした。フランス語で書かれたオーダーが入るとそれをコックに伝えるんだけど、間違えると、ぼろくそに怒られる。オーダーによってスプーンやフォークなど、セットするのが決まっているんだけど、それも瞬時にしないと、えらく怒られてね。

母ちゃん:それで、すぐにやめてしまう人も多かったそうですね。

宿主:夜の11時ぐらいに、各フロアーの部屋のドアノブにかかっている朝のオーダーを回収して、朝食の配膳準備をするんですけど、100枚ぐらいの伝票を見て、すぐに準備が出来る奴と、覚えられなくてなかなか準備できない奴とかいてね。それが終わって、だいたい夜中の1時から宴会なんですよ。

母ちゃん:夜中の1時から宴会!?

宿主:ボーイ4人とコックがひとチームになって仕事は回っていくんですよ。コックが結構いい食材でつまみを作ってくれてね。それでみんなでワーワーやって、コミュニケーションをとるんです。徹夜で飲んで、結局そのまま5時から朝の仕事に入ってしまうこともよくありましたよ。

母ちゃん:若くないと出来ないバイトですねえ。

宿主:今ね、朝がどんなに眠くても、あのときの眠たさを考えたら、耐えられるような気がするね。

ホテルOは名の知られた大きなホテルだったので、父ちゃんはいろんな有名人に遭遇するのだった。

母ちゃん:私なんて有名人といったら、京都の太秦映画村に遊びに行ったら、大川橋蔵が銭形平次の撮影をやっていて、それくらいしか有名人を見たことが無いんですけど、そこのホテルでは、いろんな有名人にあったそうですね。

宿主:大川橋蔵ってのも、アナタ古いね。俺はそうですね、ルームサービスを持っていったら、いろんな有名人を見ましたよ。大橋巨泉とか、畑正憲とか、由美かおるとか。由美かおるはね、きれいな人だったなあ。顔が小さくて、スタイルが良くて、色が白くて、お人形さんみたいでした。

母ちゃん:へ~え!今でもきれいな人ですけど、由美かおるが二十歳代のころですね。

宿主:ロックフェラーも見ましたね。いかにも成金といった人がスイートルームに泊まと、調度品がすごく浮いてしまって、全く似合わないんですけど、ロックフェラーは、違和感なくそこにいましたねえ。生まれ持った品格なのか、感心した覚えがあるな。

母ちゃん:昔、知り合いのつてで、父ちゃんとリゾートホテルのスイートに泊まったことがあるけど、3部屋ぐらいあって、狭いビジネスホテルにしか泊まったことの無い私は、どこにいて良いか落ち着かなくてウロウロしたのとは、えらい違いでしょうね。。。

宿主:男優のTは、よく浮気相手を連れてきていましたよ。ルームサービスを持っていくと、必ず女性をバスルームとか、トイレとかに隠していたけど。

母ちゃん:その男優Tは、とりあえずイニシャルにしておきますね。今でも人気のある男優さんですから、皆さん誰だか想像してください。。。ところで、話をした人とかはいるんですか?

宿主:そうですねえ。モーニングコーヒーを持っていったら、女性が窓の外をじっと見ているんですよ。「コーヒーは、どこに置きましょうか」って尋ねると、「ボーイさん、ほらごらんなさい。朝焼けがとってもきれい・・・」ってね。すごく聡明な感じで、誰なんだろうと思って伝票を見ると、曽野綾子でした。

母ちゃん:ほう!

宿主:作家では、水上勉にもあってね。「僕は、北海道に住んでいるんです。今度北海道を題材にした小説を書いてください!」って言ったら、「君は僕の作品をあまり読んでいないね」って言われちゃった。

母ちゃん:あはは、おかしいなあ、そりゃあ。

宿主:今の人は、知らないかもしれないけど、ユル・ブリンナーにも会いました。

母ちゃん:あっ、知ってますよ。「王様と私」とか「荒野の7人」とか「十戒」とかの映画に出ていたアメリカの俳優さんね。

宿主:オーダーを持っていって、伝票にサインしてくれって頼むと、おれだよ、おれ、サインなんていらないだろう、という態度をとるんです。だから、わざと知らないってふりをすると、仕方なくサインしてましたけどね。あとはジョン・レノンね。

母ちゃん:それだけはねえ、うらやましいと思うんだなあ私としては。ビートルズのレコードは全部集めましたから。

宿主:最初ね、朝食を持っていったときは、分からなかったんですよ。どこかのガイジン、ぐらいのもんで。でも横に、オノ・ヨーコがいて、まだ小さなショーンもいたから、あっ、ジョン・レノンだって思って。

母ちゃん:すご~い!って、なにがすごいんだか、でもやっぱミーハーな私としてはスゴイ!

宿主:俺ね、他にもいっぱい有名人見てたけど、そのとき初めて「ギブミーサイン!」と言ってクシャクシャのカクテルナプキンを出したら、「君、失礼だよ」って、怒られちゃった。

母ちゃん:そりゃそーだよね。

宿主:当時のアメリカのモンデール副大統領が来たときは、すごく警備が厳しくてねえ・・・・、あっ、母ちゃんまた笑ってるな。

母ちゃん:えへへへ、いや、べつに。

宿主:もう次の話のおちを考えて笑ってるんでしょう。

母ちゃん:そりゃあこの一連の有名人の話、何回も聞いているから、話の流れで次は誰が出てきて、モンデール副大統領が出てくると最後にある人物が出てきて有名人の話は終わりになるってわかるんだけど、ついその手前で笑っちゃうんだよな。

宿主:だめだよ、母ちゃん。北海道の開拓時代にこんな話があるんだよ。昔ね。明治の頃北海道に開拓に入って、ラジオも新聞も映画もなく、何の娯楽も無かった時代、みんな集まって、お茶を飲みながら世間話をするのだけが、楽しみだったわけですよ。

母ちゃん:うんうん。

宿主:だけど、そうそう話題なんて無いから、みんな同じ話題を何回もするんですよ。でもそこで、その話は前に聞いた、なんて言っちゃあダメなんです。そこで話は終わってしまうからね。まるで初めて聴くような顔をして、話を聞く。それがね、礼儀だったんですよ。

母ちゃん:ああそうかそうか、ごめんごめん。それで、モンデール副大統領が泊まったとき、厳重な警備網を潜り抜けてある人物が潜入そのするんですよね。その人物の名前は??

宿主:いやだ、もう教えてあげない!それにこの話をしても、今の若い人は知らないかもしれないから!

母ちゃん:ああ、父ちゃん、拗ねてしまいました。。。みなさん、昔父ちゃんがお客さんに有名人の話をしていたとき、必ず最後に出てきた人物の話、厳重な警備網を潜り抜けて潜入したある人物が誰なのかは、父ちゃんに直接聞いてみてください。分かるか分からないかは、年齢の差が出てくるかも。。

父ちゃんの出稼ぎは5年間続いた。しかし若かった父ちゃんにとってはたいした苦労でもなかった。夏に宿で知り合ったお客さんたちと下北沢で月に2回ほど飲み会をして楽しんでいたのだ。独身で自由気ままだった父ちゃんは、本業の宿屋商売は採算度外視だった。

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