薪ストーブとの出会い…サロベツで過ごしだした冬

サロベツ原野の片隅で始めた貧宿あしたの城も、何とか宿泊客の数が伸びていき、出稼ぎに行かなくてもよくなった宿主は、サロベツで初めての冬を迎える。昭和58年、宿主31歳の冬であった。

母ちゃん:さて今回は、父ちゃんがサロベツで冬を越し始めたときの話を聞こうと思うんですけど、まあある意味、北海道の冬を越して初めて本当の住民になれるようなところがありますね。

宿主:そうですね。防寒長靴を買って初めて北海道の住民になれるんじゃないですかね。でも俺は今考えてみると、北海道の冬にあこがれて北海道に住もうと思ったのかもしれないです。

母ちゃん:さわやかな夏の北海道とかじゃなくてですか。

宿主:沖縄にも何回か行って、それなりにいい所だと思ったんだけど、住みたいとは思わなかったですね。でも北海道には住んでみたいと思ったのは、やっぱり雪に対する憧れがあったんだと思いますよ。長崎育ちで、まったく雪の降らない所にいたから。

母ちゃん:出稼ぎに行かなくてもよくなったし、一応海外旅行も行ってみたし、ついに憧れだった北海道の冬をサロベツで過ごすわけですが・・・

宿主:初めてサロベツにはらはらと雪が降ってきたのを見たときはねえ、うれしくてうれしくて、「雪だあ」って、隣のIさんちに行って、喜んでたら、Iさんが笑っていたなあ。

母ちゃん:Iさんは、生まれも育ちもサロベツだから、雪に対する思いは、父ちゃんとはぜんぜん違っていたでしょうねえ。

宿主:今思い出すとちょっと恥ずかしいなあ。でも最初の何年かは、本当に雪が降るとうれしかったんですよ。

あこがれの北海道の冬。しかし越冬するには苛酷な環境が、父ちゃんを待っていたのだ。

母ちゃん:サロベツの自然環境も、下がるときはマイナス20度までいくし、風も強いし、かなり厳しいものがあるんですが、旧館の建物自体にもかなりの問題があったでしょう。

宿までの道

車から降りて宿まで
除雪していない道を10分ばかり歩いた

宿主:家を自分たちで建てたときね、俺たちお金がなかったでしょう。だから、断熱材をあまり入れなかったんですよ。

母ちゃん:断熱材は、外気温を遮断するためのもので、壁の間に入れるものですよね。暑さ、寒さを防ぐための。

宿主:それがね、北海道の家に入れる量の半分も入れなかったんですよ。おまけに、ガラス戸は、本来寒さを防ぐために2重にするんですけど、やはり一枚しか入れなかったし。とにかく資金が足りなくて、冬の寒さ対策なんて何も考えずに建てましたからね。

母ちゃん:う~ん、そこが素人の建てた旧館の一番の問題点ですかねえ。想像するにかなり寒そうな家ですが・・

宿主:旧館の居間は8畳ほどで、コタツだけで過ごせるか試してみようと思ったんだけれど、寒くてもうコタツから顔しか出せないんですよ。で、本州にあるような小さなストーブを置いたんですけど、どれだけ焚いても室温が5度にしかならないんです。コタツに入っていても背中が寒くて寒くて。

母ちゃん:北海道の家のストーブは、年中据え置きタイプの大きなもので、本州のものとはパワーがぜんぜん違うでしょうに。

宿主:そう、それで、やっぱりストーブはちゃんとしたのに替えたんだけど、欠陥住宅だから、燃料代が馬鹿にならないんですよ。

母ちゃん:断熱性がないのは、やはり暖かい空気も、外に逃げちゃうものね。機密性があって断熱性のある家なら、ちょっとあっためればそれでずっと暖かいけど・・・

宿主:寝るときは、別の部屋に万年床を敷いて、もったいないからそこはストーブを入れてなかったんですけどね、ある時寝ようと思って布団にもぐったんだけど、底冷えしてぜんぜん寝れないんです。で、なんとなく布団をはぐってみたら、寝汗が布団に凍り付いて、それこそ氷の上に布団が敷いてあったような感じで。。。

母ちゃん:寝汗の氷付け布団??

宿主:それでストーブの前で布団を干したら、汗臭い蒸気が上がってねえ。。。

母ちゃん:うわあ、やだあ、まったく!

欠陥住宅の建物、そして馬鹿にならない燃料代。父ちゃんが薪ストーブと出会ったのは、こうした経済的な理由が大きかったのだ。

母ちゃん:ということで、父ちゃんが薪ストーブを使い始めた理由は、経済的なものが一番だったとか。

宿主:そうですよ。とにかく金銭的な問題からですね。次の冬ぐらいからかなあ。5千円くらいの1年で使い捨てのペラペラの鉄板ストーブを買ってきて、流木を燃したんです。

鉄板ストーブとお客さん

薪ストーブの前には
手作りの”社長イス”が置いてあった。

母ちゃん:流木なんて、今では燃してないでしょう?

宿主:流木は塩分や砂をかんでいるでしょう。そういうのを焚いたら、いっぺんにストーブがだめになっちゃうけど、1年で使い捨てのストーブなら、別に惜しくはなかったし。秋口にお客さんと流木を拾い集めて、燃したなあ。

母ちゃん:流木なら、いくら焚いても燃料代ただですもんね。。でもそのうち、薪ストーブの魅力に惹かれていくんですね。

宿主:夏ほどお客さんは来ないし、独身で、一人っきりで野中の一軒家にいたでしょう。お客さんのいない日は、遅くに起きて、薪ストーブの火をおこすんですよ。ストーブの扉を開けて、ぱちぱちって燃える音を聞きながら、ぼんやりとしていると、もう昼過ぎになって、そして飯食って、ストーブに薪を継ぎ足したりしているうちに、暗くなってきて。。

母ちゃん:・・・なんだか何もしてないっていうか、ただぼやっと薪ストーブの前で一日を過ごしているだけのような気がするんですけど・・・

宿主:いやあ、音楽を聴いたり、絵を描いてみたり、本を読んでみたりしてましたよ。雪景色に囲まれて、そういうのんびりした静かな生活にあこがれていたんですから。そんな中で、薪ストーブと遊んでいたというか。

母ちゃん:ふう~ん!!ものは言いようかな?!

宿主:それから何年かして、近所の牧場主から鋳物の薪ストーブをもらったんです。牧場が忙しくて薪を作る暇がなくなったからって言ってね。縦長の、クラシカルなデザインのやつで、買えば10万円ぐらいしたんじゃないかなあ。

母ちゃん:鋳物のストーブと、鉄板とじゃあ、違いますか?

宿主:鉄板はね、すぐに熱くなるんだけど、薪が燃え尽きると冷めるのも早いんですよ。でもね、鋳物だとはじめはなかなか熱くならないんだけど、いったん熱くなると、鋳物自身熱を蓄えているから、薪が燃え尽きても、いつまでもホコホコと暖かいんですよ。なんだかすごくいいなあと思ってね。

母ちゃん:その代わりもう流木は焚けないですね。

宿主:幸いなことにここは、近所の牧場主が広大な土地を持ってますからね。牧草地を広げるからあそこの木を切って持って行ってとか、山を削るから、そこの木を持っていっていいとか言ってくれますからね。ナラとか、薪にするにはとてもいい木をもらえるから、とても助かってますよ。

母ちゃん:そして、普通の鋳物の薪ストーブから、現在の炎が見える耐熱ガラス付きの薪ストーブになったわけだけど。

宿主:やっぱり、炎が見たくて、ついついストーブの扉を開けてしまうんですよ。そしてぼや~っと眺めていたいんですよねえ。家の中で焚き火してるのと一緒でしょ。で、そのうち炎が見える耐熱ガラスのついたストーブが欲しくなって。買ったのは、今の建物になってからですけどね。

母ちゃん:こうしていろんな薪ストーブを使ってみたけれど、結局今も経済的理由で薪ストーブを使い続けているような気がするなあ。

宿主:そうだよねえ、薪ストーブは、趣味は趣味なんだけど、今の宿の居間は24畳ほどあって、それを灯油ストーブで暖めようとすると、やっぱり暖房費がかかるもんねえ。

母ちゃん:なんだか、灯油ストーブはお金を燃やしてるみたいでね。あっ、こんな下世話な現実的なことを言うと、薪ストーブのある暮らしにあこがれている人たちの夢を壊してしまいそうなんだけど!父ちゃん、暇なときに薪集めをして、懐は寒々しくてもせめて部屋の中はあったかくして過ごせる様にしてね!

宿主:はい!

越冬するには厳しい建物、そして玄関前まで除雪できないという、立地条件も悪かった。それゆえ今以上にスノーモビルが大活躍。不便さも楽しんでしまえばつらくないのかも??

母ちゃん:ところで、宿が建ってる場所も建ってる場所で、結構道々から奥まったところにあったでしょう。

宿主:そうそう、町がやってくれる除雪は公道だけだから、道々から宿に至るまでの私道は、除雪してくれないんですよ。周りの人たちの家もそうなんだけど、でもここら辺は、酪農家の人たちばっかりだから、自分たちでトラクターに除雪機をつけて、簡単にできるんですよね。でも俺は大きな重機なんて持ってなかったし。

スノーモビル

遊ぶためと言うより
生活の必需品だったスノーモビル

母ちゃん:今のこの宿は、隣のIさんが好意で道々から宿の玄関前まで除雪してくれるけど・・・

宿主:昔の宿はね、家の前の坂道が急すぎて、除雪車でも除雪できなかったんですよ。おまけに道々からの距離も長かったしね。人力でもやれる距離じゃない。だからもう除雪は一切しなかったですね。車は道々横の私道入り口のところにおいて、そこから宿まで雪の中を埋まりながら歩いていったなあ。

母ちゃん:ただ歩くだけなら良いけど、重い荷物なんか持って行く時は大変だったでしょう。

宿主:ビールなんか買ったときは、そりに乗せて、引っ張って行ったよ。天気がいいときはいいんだけど、吹雪いているときなんかは、大変だったなあ。

母ちゃん:何年かしてスノーモビルを買ったのも、遊ぶためではあったけど、荷物の運搬に非常に役に立ちましたよね。

宿主:まったく、生活の足としてすごく役立ったよね。宿から車を置いてあるところまでスノーモビルで行って、帰りもまた、車から降りてスノーモビルで宿まで戻ってくるの。たまに迎えに行ったお客さんを後ろに乗っけたりしてね。

母ちゃん:近所の牧場の人たちも、あのころは毎日のようによく遊びに来てましたね!近所の人たちの間でもスノーモビルが流行って、みんなそれに乗って!

宿主:まだあのころはみんな独身だったしね。冬は牧場の仕事も夏ほど忙しくないんで、みんな遊びに来るんですよ。昼の1時半ごろになると、スノーモビルに乗ってやってきて、そしてみんなで原野や丘の上へ走りに行くんです。うちが集会所みたいになってましたねえ。

母ちゃん:お客さんがスノーモビルに乗るより、自分たちが乗って遊んでいたほうが、はるかに多かったですね。そういえば近所のYさんなんか、宿から牛舎に通っていたという話が。。。

宿主:そうそう、夜の牛舎の仕事が終わるとスノーモビルでうちに遊びに来るんです。道を通らずに雪の積もった牧場を突っ切って来れるから、夏より早く来れるしね。そしてうちでお客さんたちと酒を飲んで、酔っ払ってそのまま薪ストーブの横で寝ちゃって、朝、うちからまたスノーモビルに乗って朝の牛舎の仕事へ行ってたなあ。

母ちゃん:でももう最近は近所の人たちもみんな余りスノーモビルにも乗らなくなりましたね。

スノーモビル大会

地元のスノーモビル大会に参加した宿主(右端)

宿主:みんな結婚しちゃったし、そうなると家族を置いて気軽に遊びに来れないもんね。おまけに牧場の経営も主としてやってるんだから、忙しくて遊ぶ暇がなくなってきたね、みんな。ここら辺の酪農家は、豊富町の水準のはるかに上を行くすごく優秀な牧場が多いんですよ。

母ちゃん:経営規模もすごく大きいし、家族だけじゃ大変なんで従業員を雇ってやっているようなところが多いですものね。

宿主:いつまでもぶらぶら暇そうにしてるのは、俺だけだなあ。。

こうしてサロベツで冬を越して20年が過ぎた。今では宿の玄関前まで車が入れる便利な生活になったのだが。

母ちゃん:昔のことを振り返ってみると、今のこの家での生活は、本当に楽になったんですけど・・・

宿主:でもさすがに、最近俺は冬は嫌だなあって思うようになってきましたよ。車の運転とか、吹雪いたとき大変でしょう。

母ちゃん:そうですねえ、雪のない都会の人には、想像できないでしょうけどね。

宿主:ブラックアイスバーンで滑ったこともあるし、吹雪で一寸先も見えないようなときに、運転しなくてはならないときもあるし、そういう怖い目にいっぱいあったら、だんだん冬が嫌になってきた。。。

母ちゃん:宿泊するお客さんの冬の人数も、実は旧館時代のほうが、はるかに多かったんですよね。あのころは、JRの周遊券もあったし、バスも今より本数があったし、来やすかったんでしょうね。今はバスがなくなったからと言って、冬は必ず駅まで迎えに行きますって、約束できないんですよ。送迎はできるだけしてるんですけどね。

宿主:もしも必ず迎えに行くって約束したときに吹雪いたりしたら、行けないからね。夏しか来たことがない人にはわからないだろうけど、吹雪のために周囲がまったく見えなくなって、車が路肩から落ちてしまったり、雪で道路が埋まって前に進めなくなることもあるし。そういうことって、一冬に2~3回なんだけど、いつそうなるかって分からないし。

母ちゃん:予約のときに、「できるだけ送迎するけれど、もしものときは、送迎できなくなることをご了承ください」って、言うんだけど、お客さんにとって日程が少ない人は、そういう危険性があるなら無理にいかなくてもいいや、と思うでしょうね。でも吹雪の怖さを知っているだけに、無責任にお客さんに、必ず迎えに行くから泊まってくださいなんて、言えないんですよね。日程に余裕を持ったお客さんでないと。

宿主:こういう怖さ、不便さって、同じ北海道に住んでいても、吹雪かないところに住んでいる人には分からないよね。同じ豊富町でも、街に住んでいる人と、原野に住んでいる人とは違う。原野が怖いんだよ。遮るもののない原野がね。美しくもあるけど怖い。今はねえ、春になって雪が解けると、嬉しいよ。ああ無事に、今回も冬を越せたなあって。

年間を通して住むようになり、ついにサロベツに根を下ろした宿主。そんな宿主の前に、ある日一人の女性が現れた。そのとき彼女は、大学4年生だった。

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