その9 母ちゃんとの出会いと結婚
年間を通して営業をするようになった民宿あしたの城に、大勢の若者が訪れるようになった。その頃の宿主はもう、いたずらパフォーマンスをやらなくなっていた。そんなある日。ふらりと訪れた一人の女子大生がいた。アタックザックを背負い、ダブルヤッケを着て旅をしていた彼女はいったい何者??
【宿主】
ついに母ちゃんの登場となるわけですなあ。
【母ちゃん】
父ちゃんのことは、いろいろ聞きやすいけど、自分のこととなると、なんだかしゃべるのって、難しいですねえ。
【宿主】
それじゃあ立場を変えて、俺が母ちゃんに突撃インタビューをしてみようかなあ。母ちゃんの生い立ちを!
【母ちゃん】
生い立ちなんて、そんなたいそうなものは何にもないですよ、父ちゃんと違って!!大阪のごく普通のサラリーマン家庭で育って、小学校の頃は、教室の片隅で本ばかり読んでいた、おとなしくて、目立たなくて、気が弱い女の子でしたから。
【宿主】
異議あり!気が弱いとは、思えないぞ。
【母ちゃん】
えっ、そう??通った高校は都会のど真ん中にあって、制服が終戦直後から無いような自由がモットーの学校だったんで、一年の頃はみんな服装が地味なんだけど、学年があがるにつれて派手になってきて。。男の子だって長髪はいるし、パーマを当てたりしてるし、校門も開けっ放しで授業中でも出入り自由だし。でも私はやっぱり地味で目立たなかったですね。コンパとかはよく行ったけど。
【宿主】
えっ、コンパ?
【母ちゃん】
あ、それは、サラリと受け流してもらって…、自由な高校だったんだけど、とりあえず進学校だったもんで、大学は当然行くもんだと思って勉強しましたけど、一年目は大学に落ちて浪人生活を送って…、勉強熱心のあまり、そこでマージャンとパチンコも勉強しました。
懐かしい三角テントを使用。右から2番目母ちゃん
【宿主】
えっ、予備校で、マージャンとパチンコは教えないぞ。
【母ちゃん】
あ、それもサラリと受け流してもらって…、でまあ、無事に大学へは入ったんですけど、大学に入って覚えるような遊びはもう大学に入るまでに全部覚えちゃったんで、なんとなく大学に入ってもつまらないと言うか、何をしようかなあ、てな感じで。。
【宿主】
大学ですることといえば、勉強に決まってるでしょう!
【母ちゃん】
えへへ、そりゃまあ、そうなんですけどね。ところが6月になって、偶然入った倶楽部が、山登りの倶楽部だったんです。冬山をやったり、岩登りしたりするハードなところじゃなくて、夏山だけの、どちらかと言えば楽なほうだったんですけどね。
【宿主】
それまでの生活を一転させるような、えらく健全な体育会系に入ったもんだね。
【母ちゃん】
でも最初は山に興味を持ったわけじゃなくて、キャンプするのが楽しかったのかなあ。男の子も女の子も一緒くたになって、山の中でテントを張って寝袋で寝るというのが、楽しかったと言うか。
【宿主】
でもそれが、だんだん山自体にのめりこんでいくんでしょ。
北アルプス、雲上の縦走路
【母ちゃん】
そうなんです。体力は無いくせに、山に魅せられてしまって、だんだん倶楽部以外にも、自分で山に行くようになって。北アルプス、南アルプス、八ヶ岳や、東北の山、屋久島まで、全国各地の山へ行きましたねえ。
【宿主】
山の魅力って、何でしょうかねえ。
【母ちゃん】
何でしょうねえ。頂上にたどり着いたときの達成感と言うよりも、歩かないと見れないような自然の美しさを見たときの感動だったのかなあ。それはきっと、見た者でないと分からないと思いますけどね。あのまま、倶楽部に入らなかったら、どんな大学生活を送ったんでしょうかねえ。青春時代に、これだけは打ち込んだってものがあって、自分は幸せかなあって、思います。たくさん集まった山の地図は、今でも私の宝物ですね。
あまりまじめに授業に出なかった母ちゃんだが、成績の内容はともかく単位だけは無事取得。4年生になると、後は卒論を書くだけだった。倶楽部も引退し、就職活動を始めるにはまだ間があった6月、母ちゃんは一生に一度のつもりで(?!)北海道旅行をする決心をする。
【宿主】
一生に一度って言うのも、えらくたいそうな決心ですねえ。
【母ちゃん】
だって北海道なんて、自分の頭の中では日本というより、ソ連って感じだったもの。なのに友達が北海道を一ヶ月旅行したって話を聞いて、そんな遠いところへ旅行に行くなんて、すごいなあと思ってね。就職しても、山へはしょっちゅう行くだろうけど、北海道は、時間がある学生のうちにしか行けないかもしれない、と思って、一生に一度のつもりで、北海道旅行をする決心をしたんです。友達に触発されたんですね。
【宿主】
へ〜え。それで、サロベツの、【あしたの城】って宿に宿泊しようと思ったきっかけは??
【母ちゃん】
ブルーガイドの北海道に、確か載っていたんですよ。その時は、「とほ」って言う広告誌もなかったし、だいたい「とほ宿」と言う名称も無かったし、旅人が始めた宿って言うのが、道内各地に出来始めていたことも知らなかった。だから、当然のようにYHを宿として使おうと思っていたんだけど、ガイドブックを見ていたら、サロベツ原野の海岸の近くに宿があって、夕日がきれいだって書いてあるし、若者向けとも書いてあったから、良いかなあと思って。
【宿主】
そうなんだ。その頃豊富温泉にYHがあったんだけど、そこに泊まっていたら俺と母ちゃんは出会わなかったんだな。
昭和59年6月。学生割引と、5月中に買えば冬季割引も適用されて、北海道JR乗り放題の周遊券は、20日有効で大阪から2万6千円ほどだった。母ちゃんは、その周遊券を持ち、北海道一人旅へ出かけた。登山で使っていたザックとヤッケをそのまま使って。。
【母ちゃん】
大阪から14時間特急に乗って青森に着いて、それから深夜の青函連絡船に乗って、早朝に函館へ上陸して、と言うのが、当時の一番安い北海道への行き方でしたね。飛行機なんて、学生が乗るものじゃないし、運転免許も無かったし。
【宿主】
最初に行ったのが積丹半島、次にサロベツへ向かうわけだよね。
【母ちゃん】
午後の列車で豊富駅に着いて、バスに乗って運転手さんに、「あしたの城の前で下ろしてください」って、言いましたよ。サロベツ原野を通り過ぎて、やがてバスが止まったところが、家も何も無いところで。
【宿主】
何も無いって、看板入り口のところで下ろしてもらったんでしょ?
【母ちゃん】
バスの運転手さんが、「この道をまっすぐ行って、右に行くと、宿があるから」って教えてもらったんだけど、「ほんまにこの先、宿があるんかいな・・」と不安になってね。天気がよくて、ちょっと蒸し暑い日だったな。とぼとぼと歩いていくと坂道になって、登りついたら。。。あのときの衝撃は、今でも忘れられませんね。
【宿主】
衝撃って何よ??
【母ちゃん】
なんだか宿が、バラック建ての掘っ立て小屋みたいな建物で、おまけに玄関前の空き地を、顔面ひげだらけの怖そうな男の人が、バイクをぐるぐる乗り回していて、思わず後ずさりしそうになっちゃった。
母ちゃんがビビッたヘルパー
【宿主】
掘っ立て小屋だなんて失礼な!前にも言ったけど、俺が建てた新築の宿だったんだよ。
【母ちゃん】
だって、いわゆる「とほ」宿としても初めてだったわけだし。YHも積丹でしか泊まったこと無いし。一人旅も初めてですよ。ちょっとどうしましょうと思ってたら、バイクに乗ってた男の人が、「どうぞ中に入ってください、宿主は中にいますんで」って言うんで、この人はいったい何者?って思いながら玄関に入ると、「こんにちは、どうぞ〜」って声が聞こえてきて・・
【宿主】
で、ついに俺が登場??
【母ちゃん】
あんたは玄関に出てこなかったよ!台所の中から「部屋はカーロスだから」と言ってたね。廊下を歩いて台所の戸口から中をチラッと見ると、そのとき父ちゃんはキャベツの千切りをしてた…。
【宿主】
これぞ私の理想の男性!!白馬に乗った王子様だって思ったでしょ!!
【母ちゃん】
・・・・。なんか、どよ〜んとした雰囲気の人だと思った。
【宿主】
え〜っ、そういえば俺、熱が出てなかった??そのとき。40度近い熱が。
【母ちゃん】
だからどよ〜んとしてたんだね。宿主は、妖気が漂っているようなゲゲゲの鬼太郎のような雰囲気だったなあ。ほれ、水木しげるが描く原画の鬼太郎だよ!同じところをぐるぐるバイクで回っていた怪しげなネズミ男ならぬヒゲ男は、ヘルパーだって言うし、建物もヘンだし…。まずいところへ来たかなあってそんな気分だったなあ。
まずいところへ来た、それは母ちゃんの本能がそう思わせたのか??しかし母ちゃんは、そのまま【あしたの城】に4泊したのだ。
【宿主】
そう思いながらも、4泊するなんて、やっぱ俺が魅力的だったんでしょ??熱も次の日には下がったし!鬼太郎からキリリとした宿主になって!
【母ちゃん】
・・・、次の日から雨が降り続いたでしょ。夕日が見たかったんで、夕日が見れるまでいようかなと思って。雨でも泊まり合わせたお客さん同士で一緒に、車に乗せてもらって浜頓別に行ったり、宗谷岬に行ったり、雨がやんだら豊徳の丘を散歩したり。4日いてもけっこう遊べたから
初めて訪れたサロベツの丘は、タガラシが咲いていた
【宿主】その中でも特に印象的だったのは、やっぱりかっこいい宿主だったでしょ!!
【母ちゃん】
いいや、宿主の料理だった!
【宿主】
料理??何出したっけ?牛乳鍋、出したんだろうなあきっと。
【母ちゃん】
それがねえ、きっと牛乳鍋を食べているはずなんだけど、記憶に無いんだよね。幻の魚イトウが釣れたとかで、イトウを鍋にした記憶はあるんだけどな。それよりも、ホワイトシチューと麻婆豆腐ですよ。
【宿主】
ホワイトシチューと麻婆豆腐?俺の得意料理だもん、おいしかったでしょ!!
【母ちゃん】
いやあ、別々の日に出てくるんなら、いいんだけど、晩御飯のメニューとして二ついっぺんに出てきたんだもん、すっごい食べ合わせだなあと思ってびっくりしちゃった。普通、一緒には出さないよ。
【宿主】
そうかなあ、腹いっぱいになるなら良いでしょ。
【母ちゃん】
良くないよぉ!それがすごく印象に残ってね。今でも「あのときの思い出は」と聞かれれば、宿を見たときの衝撃と、シチュー&マーボーを見たときの衝撃。それに尽きるな!!
【宿主】
・・・・・。
4日目、夕日が見れた母ちゃんは、次の目的地、天売焼尻島へ向かった。それっきり、あしたの城とは縁が切れるはずだったのだが。。。
【宿主】
初めて北海道に旅行に来て、サロベツの次に利尻礼文に行かず、天売焼尻に行くところが変わってると思うんだけど。
【母ちゃん】
なんだかねえ、誰もが一番に行くようなところって、どうもはずしてしまう傾向が私にはあるみたいで。
【宿主】それで、サロベツに来たってのも、俺としては複雑だけど、その後はどこら辺を回ったのよ?
【母ちゃん】
天売焼尻のあとは、糠平近くの東雲湖、それから霧多布湿原に行って、落石岬、襟裳岬近くのアポイ岳に登って、最後は新冠で馬牧場を見て回ったかな。「とらべるまんの北海道」というガイドブックを手に入れて、それを見ながら回りましたね。
予定の無い気ままな旅でした。
【宿主】
で、どうだった、北海道にはまった??サロベツにまた来たいと思った??
【母ちゃん】
う〜ん、確かに北海道の自然は良いなあと思ったんだけど、でも自分にはやっぱり山の方が上でしたね。山は体力のある若いうちしか行けないけど、北海道は今回行かなかった有名観光地とかでも、年取ってからツアーで簡単に行けるし。いろんな旅行者と知り合って、その人たちと一緒に回ったりして、楽しかったけど、またすぐ北海道へ行こうとは、思いませんでしたね。
【宿主】
それがこうして、俺と結婚してサロベツに住んでいるんだよね。
【母ちゃん】
それが不思議と言うか!北海道から帰ってきて、南アルプスへ行って、就職が決まって、八ヶ岳へも行って、10月になって、そろそろ卒論も書かなけりゃ、と思ってたら、いきなり父ちゃんから電話がかかってきたんだよね。「今、大阪に来てるんだあ」なんて。
【宿主】
実は宿のシーズンオフに、自転車をこいでサロベツから実家の長崎まで帰る途中だったんだよね。それで大阪まで来たときに、電話してみたんだけど
【母ちゃん】
その電話が無けりゃあ、ホント、今は無いですね。やっぱ、私のことが、気になっていたわけ??
【宿主】
いや、他の女の子に電話してみたら、いなかったもんで・・・
【母ちゃん】
え?
【宿主】
あっ、いやいや、何でもない、何でもない!それにだめだよ、どうやって口説かれたかなんてしゃべっちゃあ。
【母ちゃん】
恥ずかしいんでしょ!
【宿主】
「あら、私にも同じ様なことを言ってたわ、宿主って芸が無い人ね」なんて思う人が、いろいろ現れると困るから。
【母ちゃん】
いろいろ?!いろんな人を口説いて、ひっかかったおバカは私だけってこと??
【宿主】
ほれほれ、夫婦喧嘩の元になるから、そういうことは、ヒミツにしておいた方がいいんだよ!!うちに泊まって知り合って結婚したお客さんって、いっぱいいるでしょ。お客さん同士とか、ヘルパーとお客さんとか。その時は何でもなかったけど、あとで再会して気が合ったとか。まあ、自分たちもそんな感じだよね。ねっねっ。
バブル景気の真っ只中だった昭和63年11月、4年間にわたる長距離恋愛の末、二人は結婚する。そのとき宿主36歳、母ちゃんは26歳。大阪からサロベツへ移り住んだ母ちゃんは、今までと全く異なる生活に戸惑うのだった。時代は昭和から平成へかわろうとしていた。
