新婚当時の話…そりゃあ何でも戸惑うことだらけ。

昭和63年11月、超長距離恋愛の末結婚した二人は、増築した2代目あしたの城の建物で新生活をスタートさせた。その2ヵ月後、時代は、昭和から平成へと移り変わる。

母ちゃん:ああ、この2代目の建物、懐かしいなあ。私は初代建物では生活しなかったから、この建物から始まったと言う感じですからねえ。

増築した2代目あしたの城

貧宿あしたの城から
民宿あしたの城に昇格

宿主:うん、最初の建物は、俺一人だったから、プライベートルームが全く無くても平気だったんだけど、結婚するんなら、そういうわけにもいかないからね。結婚する半年前に、増築したのがこの建物なんだけど。

母ちゃん:そのときに設計を頼んだS組の社長がなかなかセンスのある人でしたねえ。

宿主:1階部分は、居間を広げて客室を一つ増やし、2階部分に自分たちのプライベートルームを作ったんだけど、出来上がったときは、びっくりしたよなあ。さすがプロ、俺たちが建てた家とは、見栄えが全然違う。

母ちゃん:あのバラック建てのような建物が、かっこよくなっちゃって!内装も壁に板を張って、ウッディなイメージに替わって、見かけだけは、ペンションみたいになってしまいましたねえ。

宿主:口の悪い常連客に、「張りぼての城」なんて言われましたよ!正面からは、かっこいいんだけど、裏は昔のまんまだから、張りぼてみたいだって!おまけに、「ゴキブリ○イホイ」ならぬ「嫁とりホイホイ」だなんて言った奴もいたりして。

母ちゃん:「嫁とりホイホイ」に見事ひっかかったのが、この私ですワ!!

平成になり、世の中はバブル景気に沸いた。バイクブームも起こり、若者や家族連れで宿は賑わい、ヘルパーもシーズン中は、2~3人抱えた生活であった。

宿主:結婚したすぐって、なぜか夫婦に見られなかったよね。

見渡しのいい居間

南と西に大きな窓を配し
日当たりと眺めは抜群だった

母ちゃん:そうそう、私のことをお客さんは、ヘルパーだと思っているのよね。2年目の夏に、「今年もまたここでヘルパーやってるの」って、よくお客さんに言われたし。

宿主:全然女将としての、風格が無かったんじゃない?!

母ちゃん:女将としての自覚も無かったかもしれない!

宿主:都会からいきなり北海道のサロベツにやってきて、母ちゃんも最初はずいぶん戸惑っていたでしょ。ヘルパーとかしたことも無かったしさ。

母ちゃん:経験の無さで困ったことは、どれくらいの人数に対してどれぐらいの料理を出せばいいか、さっぱり分からなかったことですねえ。10人、20人、といった料理を、作ったこと無かったから。よく私の作る量は少なすぎるって、父ちゃんに叱られてたけど。

宿主:若い人が多かったから、とにかくみんなよく食べるんだよ。宿に泊まって、”腹いっぱい食えなかった”って不満に思われるのが一番嫌だったから、とにかくたくさん出せって俺、言っていたような気がする。

母ちゃん:客室が増えて、お客さんも増えているのに、台所は昔の小さなまんまだったでしょう。作った料理を並べるスペースも少ないし、ヘルパーさんが何人か入ればもう身動きできないし、自分たちがご飯を食べる場所を確保するのも大変でしたねえ。

宿主:そんな小さな台所でも、ヘルパーたちにとっては一番落ち着く場所だったみたいで、ヘルパーOBは、もうお客の立場なんだから居間にいれば良いのに、よく台所に入り込んでビール飲んでたなあ。ここが一番落ち着くとか言って。

母ちゃん:ヘルパーだか女将だか分からないような私でしたけど、そんなヘルパーさんたちに助けられた部分もかなりあると思うんです。今ならもう仕事の流れや内容は分かっているけど、最初はヘルパーさんの方がよく分かっているような部分もあったし。

宿主:ヘルパーかあ、あのころ、2~3人いたし、続けて毎年来てくれるヘルパーもいたしね。

隅には宿主手作りの
テーブルやイスが置いてあった。

母ちゃん:ヘルパーのT君なんて、夏場だけだけど、8年も来てくれたでしょう。私が結婚した年は、もう6年目、大ベテランだったけど、私を立ててくれてね。その時は何も思わなかったんだけど、今になって考えてみれば、彼の隠れた気遣いがよく分かるんです。

宿主:彼がピシッと仕事をこなしてくれると、他のヘルパーもそれを見習って俺が何も言わなくてもやってくれたしね。

母ちゃん:最初の3年は、民宿の女将と言うよりは、民宿の生活とサロベツでの生活に慣れるのに精一杯と言うところでしたかね。

宿主:ごく普通のサラリーマン家庭で育っているので、常に他人と生活を共にするってのも、大変だったんじゃない?

母ちゃん:そうですねえ。宿泊しているお客さんと遊んでいるような生活をしながら、お金をもらえるなんていいなあ、なんて思うお客さんがいるかもしれないけれど、常に他人と一緒にいるという生活って、プレッシャーですよね。自分の精神状態が悪いときなんか特に。

宿主:夫婦喧嘩も、おおっぴらに出来ないしね!

母ちゃん:でもそうやって常に全国から来るお客さんと接しているからこそ、田舎に住んでいても孤独を感じないのかもしれないし、そういうことを考えれば、長所と短所と、背中合わせの生活だなあって、思うんです。

鉄板薪ストーブ登場

冬はテーブルを片付け
ストーブを置いた。

宿主:母ちゃんは、よく一人の世界を求めて出かけていたねえ。

母ちゃん:稚内にある喫茶お天気屋が出来たのは、私たちが結婚した年だったでしょ。マスターはうちのヘルパーOBだし、よくお天気屋に行きましたねえ。稚内に行って、本屋めぐりをして、西條百貨店に行って、お天気屋でコーヒーを飲んで、うだうだして帰ってくるの。

宿主:ずっと、サロベツの野中の一軒家にいたら、たまには稚内規模でも、町並みを見たいという気持ちは分かるよ。母ちゃんの場合は、たまにじゃなくてしょっちゅうだったけど。

母ちゃん:あはは、ずっとストレスを溜め込んでいるより、ちょこちょこガス抜きをする方がいいんですよ。結婚したすぐに、お客さんから、「この業界は、離婚が流行ってるからねえ」なんて言われたこと覚えてる?

宿主:覚えてる覚えてる!今のところ、まだ離婚せずにかろうじて続いているけどね。いつも一緒にいる仕事だからこそ、個々の世界を大事にして、お互いの領域には踏み込まない、と言うのが、俺たち夫婦の鉄則だね。

母ちゃん:私もここでの生活にすっかり慣れてしまいましたねえ。サロベツに来て15年以上たって、今ようやく田舎暮らしを満喫している状態かしらん。

平成3年春、大浴場と客室一部屋を増築。お客さんも増え続け、何もかも順調に進んでいると思われていた平成3年10月。あしたの城始まって以来の危機に見舞われる。煙筒火災によってあしたの城が焼失したのだ。

このページの先頭へ