煙突火災によるあしたの城焼失事件…ある日突然それは訪れる

昭和63年の結婚を機に建物を増築し、平成3年春には、大浴場と客室一部屋を増築。お客さんも増え、それなりに安定した生活を送っていた平成3年10月。あしたの城最大の危機が訪れたのだ。

母ちゃん:いよいよ火災事件を話さなくてはならないときが来ましたね。

宿主:確か寒くなってきて、薪ストーブを使いだして1週間ぐらいたったときだっかな。お客さんは若いご夫婦が一組連泊していたんだけど、遊び疲れたから早く寝たいと言って、夜の8時には客室に戻って、自分たちも、夜9時には居間にある薪ストーブを火止めして、2階のプライベートルームで過ごしていたんだよね。

母ちゃん:私はその夜、テレビを見ながらパッチワークをしていましたね。初めて取り組んだ大作で、1年近くかけてもうすぐ完成ってところだったかな。何も無ければ、その日は何をしていたか覚えていないくらい、何の変哲も無いのんびりした平凡な日でした。。

宿主:でも母ちゃんは、早くから焦げ臭いって、言ってたでしょ。俺は鼻が悪いから気がつかなかったけど。

母ちゃん:そうそう、なんか焦げ臭いにおいが、ふとしていたんです。で気になって、9時半ごろかなあ、台所の火の元を確かめに行って、居間のストーブも見に行ったんですけど、ガスの元栓は締まっているし、ストーブも薪が僅かに燃え残っているぐらいで何も変わった様子は無かったんです。どこかの牧草地で、霜よけに牧草ロールでも燃やしているんだろうかと思いましたね。

宿主:その頃はもう、煙突の周辺が、じわじわ燻っていたんだろうね。

母ちゃん:でも私は煙突火災なんて知識が無かったから、やっぱり火の元の台所周辺と薪ストーブが異常なければ、それ以上その時は疑いませんでしたね。だけど夜の11時半ごろになって、布団を敷こうと思って押入れを開けると、押入れの中から、ふわっと煙が漂ってきたんです。火の気のない押入れから何で煙が出てきたんだろうと思って、びっくりしてのぞくと、押入れの壁の隙間から煙が出てきてるんです。

宿主:そのとき俺は、煙突火災だって気がついたよ。押入れの横に、集合煙突が通っていたからね。「うわっ、これは大変だ」って、ちょっと声がひっくりかえったよ。

母ちゃん:はじかれたように二人とも一階に降りて行ったけど、私はやっぱり台所に直行しましたね。そうしたら、台所の窓の外の軒先から煙が勢いよく上がってるんです。でも家の中は静かで、台所や居間はなんとも無いんです。台所の外の軒は、ちょうど煙突が通っている横だったんですけど、その時はどうしてそんな所から煙が上がっているのか、分からなかったですよ。

宿主:消火器を持ってきて軒先にかけてみるんだけど、煙突の周りの壁の中が燃えているんで、目の前に直接の火がないから、火元に水をかけれないんだ。バチバチってすごい音は立てているのに。

母ちゃん:その様子を見て、私は即座に消防署に電話しましたね。火も見えないし、何故だか分からないけど、とにかく大変なことが起きてるって直感して。手が震えちゃって、「落ち着いて、落ち着いて・・」って、自分に言い聞かせながら。

宿主:宿泊していたお客さんはすぐに起こして、外に避難してもらったけど、その時はまだ外の軒から煙が上がっているだけで、直接炎が燃え上がっているわけではなかったので、生命の危険を感じるような段階じゃあなかった。お客さんは身の回りの荷物をちゃんとまとめて避難する余裕があって、本当に良かったと思っているよ。

母ちゃん:消防署に電話した後、父ちゃんに近所の人に連絡してくれって言われて、隣のIさんに電話したけど、電話に出ない。で、他の家に電話したら出てくれて、その人が、「うちから近所に電話してあげるから」って言ってくれて、私はとりあえず連絡はやめてプライベートルームに行き、貴重品を出そうと思ったんです。だけど、父ちゃんがとにかくIさんを呼んできてって叫んで・・。

宿主:やっぱりなんと言うかなあ、Iさんは俺にとって心の支えなんだろうなあ。とにかくその時、Iさんに来てほしかったんだよ。

母ちゃん:で、私は通帳と現金と、目の前にあったパッチワークの作品だけ外に持ち出して、そのまま車でIさんの家まで行って呼びにいったんです。隣の家といっても、離れてますからねえ、ここは。。。

夜中で寝込んでいたIさんを起こし、事情を告げたあと、母ちゃんは急いで宿に引き返した。そのほんの10分程の間に、様相は一変していたのだ。

母ちゃん:私道入り口のところまで戻ってくると、ちょうど消防車が駆けつけたところで、それ以外にも連絡を受けた近所の人たちや、街に住む知り合いまでが夜中にもかかわらず次々と駆けつけてくれましたね。で、車を邪魔にならないところに置いて、私道を走って駆け上っていくと建物は、軒先や、居間の煙突差込口あたりから炎が吹き上げていて、さっきとは様相が一変しているんです。もう荷物を出す段階じゃない。

宿主:母ちゃんがIさんを呼びに行ったすぐ後で、俺は軒下に置いてあるプロパンガスが、2~3日前に取り替えて満タンだってことに気がついたんです。ひょっとして、引火したら大爆発を起こすんじゃないかって思ったら、すぐ外して遠くにやらないとと思って・・。

母ちゃん:後から聞いたら、引火ってしないそうですけどね。

宿主:でもそんなことはそのとき知らなかったし、無線の連絡を受けてちょうど稚咲内を走っていたと言うパトカーが一番に「大丈夫ですかあ!」って駆けつけてくれたんですよ。それでおまわりさんと、プロパンのボンベを外して沢へ突き落として・・、そんなことをしていたから、結局俺も、家から何も物を運び出すことは出来なかった。

母ちゃん:消防署の人や、町の消防団の人、近所の人たちで消火するんですけど、いったん炎が上がると、火は壁の隙間から天井裏へ瞬く間に燃え広がって、壁や屋根を外して、消火するんだけど、なかなか火の勢いが衰えませんでしたね。

宿主:なんだか、強い風も吹き出して炎をあおっていたような気がするな。

母ちゃん:私はもう、なすすべも無くて、呆然と暗闇の中で、ますます真っ赤に燃え上がる巨大な炎を眺めているだけでした。今だから冷静に振り返られるんですけど、その時は本当に立ち尽くすだけでしたね。。

異変に気がついてから2時間後の午前1時半ごろ、ようやく炎は鎮火した。跡に残ったのは、焼け爛れた建物の残骸。ほんの2時間前まで、そこでテレビを見て笑っていたと言うのに。。。

宿主:お客さんも俺たちも、その夜はIさんの家で世話になることになって・・・、でも気分が高ぶっていて、布団に入っても全然寝れないんだ。

母ちゃん:それで明け方、明るくなってきた頃、二人でIさんちを抜け出して、宿を見に行きましたね。

宿主:あたり一面、焼け焦げた臭いが漂っていて、放水してびちゃびちゃになったものやら、炭化したものやら、朝の光の中に晒されているんだよ。泣くこともしょんぼりすることも出来ないと言うか、あまりのことに感情が麻痺してたのかなあ。本当に焼けちまったんだなあって、ただそれだけで。

母ちゃん:私はねえ、今でもそのときの様子を思い出すときがあるんです。でも炎と残骸だけじゃなくて、必ずセットになって、テレビを見てくつろいでいた、火災になる直前の様子も、思い出すんです。

宿主:バラエティー番組だか、そんな感じの番組見て笑ってたよなあ。

母ちゃん:平和で、穏やかで、幸せな毎日が続いていると、それが当然明日も、このまま永久に続くような気がするんですけど、そういった日常の中にも、ポッカリと暗闇が口を開けて、待っているんだなあと思うんです。

宿主:だけど誰も怪我した人がいなかったのが、不幸中の幸いだったね。お客さんにも本当に迷惑をかけたことを詫びたんだけど、怒るどころか、慰めてもらって、励ましてもらって。。。びっくりさせて迷惑をかけて、本当に申し訳ないことをしたのにね。。

母ちゃん:その日に現場検証があって、原因はやはり煙突火災と言うことだったけど、私はそのとき初めて「煙突火災」って知りました。

宿主:薪を燃やしたときに出る煙が、煙突を通って出て行くときに急に冷やされると、液化してタールが煙突の内側に付いてくるんだ。それを掃除しないでほおって置くと、低温発火しやすくなる。つまり、火が直接なくても、煙突が熱くなる程度でも、自然発火しやすくなるんだ。俺はストーブから集合煙突に入れるまでの円筒はよく掃除していたけど、集合煙突は全く掃除していなかった。集合煙突は掃除しなくても良いって聞いていたからね。

母ちゃん:でもそれは、石油ストーブの場合で、薪ストーブは集合煙突こそよく掃除しとかなくてはダメだったとか。

宿主:そうなんだ。ここの地区でも昔みんな薪ストーブを使っていたときは、よく煙突火災をおこしたらしいよ。「川上君、煙突掃除をしないんじゃそりゃだめだよ!」なんて、燃えた後から言われてしまったよ。

母ちゃん:ほんとうにねえ、薪ストーブの常識過ぎて、誰もあえて言わなかったんですね。父ちゃんも、円筒を掃除して、掃除しているつもりになっていたようだし。薪ストーブが好きだなんて言っておきながら、無知ゆえの大失敗でしたね。

それからしばらくの間、二人はIさんの家にお世話になった。住む家がなくなったのだが、それは同時に商売道具までもなくしたことだった。二人は焼け残ったものの整理を始める。

母ちゃん:そういえば、火災にあった頃、うちでヘルパーをしてくれていた、お天気屋のマスターが道内旅行に出かけていて、札幌にいるやはりヘルパーOBのところに泊まりに行ったんですよ。そこで初めてあしたの城が焼失したらしいって聞いてびっくりしたらしくて。

宿主:ちょうど土曜日だったのかなあ、マスターはヘルパーOBの家に着いたばかりだったんだけど、みんなでサロベツへ見舞いに行こうって事になって、札幌に住む他のヘルパーOBたち3人と、マスターとで夜通し車を運転して駆けつけてくれて。

母ちゃん:私たちはそのときそこにいなかったんだけど、マスターは焼けた建物を見て、涙を流してくれたらしいのね。やっぱりマスターも、若いときにあんたと一緒に過ごした場所だったから。

宿主:それから10年以上たって、お天気屋も火事で焼けるとは、思わなかったなあ。

母ちゃん:平成14年の稚内中央の大火は、全国ニュースにも出たほどの大火だったけど、お天気屋もそのときの火事で焼けてしまいましたのもね。

宿主:お天気屋が火事だって知らせを聞いたとき、俺もすぐ稚内に行ったけど、やっぱり炎を上げて建物が燃えているのを見たときは、涙が出たよ。同じなんだろうなあ。当事者は、精神が高ぶって、涙も出ない。周りの人が悲しくなるみたいだね。

母ちゃん:落ち着いてくると当事者は、「これからどうやって暮らしていこう」って考えると、悲しむ余裕がないんですよね。

宿主:俺はねえ、民宿をやめるなら今なのかなあって、片付けながら考えましたよ。俺はやっぱり宿屋商売には向いてないんじゃないかなとか、悩んでましたからね。

母ちゃん:宿屋商売をやめるんなら、代わりに何の仕事を新しく始めようって考えたんです?

宿主:そこなんですよ。考えてみれば、学力も無し、資格も無し、もうじき40歳になる男がこれから何が出来る?何も出来ないんですよ。ということは、やっぱりもう、民宿でやっていくしかないんだよね。

母ちゃん:ちょっと後ろ向きな考え方のような気がするんだけど・・。

宿主:そうですねえ、消去法で民宿をとったんですからねえ。でもねえ、仕事に迷っていたときに、開き直って人生これでやっていこうと、ようやく決意したきっかけが、この火災事故だったですかねえ。

やっぱり民宿は続けよう。宿を再建しよう。そう決心した宿主。そのとき母ちゃんが、宿主が思ってもみなかったことを口にした。「父ちゃん、どうせ宿を建て直すんなら、同じ場所に建てないで、もっと景色のいい所へ移ろうよ。サロベツ原野が見渡せて、利尻も見える、あの場所に!」

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