子供たちの誕生…切迫早産に宿主の育児ノイローゼ(?!)

平成4年、あしたの城再建、営業再開と、嵐のような日々を送ったシーズンが終わり、ようやく落ち着きを取り戻した翌平成5年、新しい家族が加わることになったのだ。

母ちゃん:結婚して5年目、ついに夫婦から家族と言う単位に変わるわけですが・・・。

宿主:俺は、特別子供が好きというわけでもなかったから、このまま子供がいなくてもいいような気がしていたんだ。夫婦二人で民宿をして、シーズンオフには自由にあっちこっち旅行したりしてさ。そういう生き方もいいかなあと。でも一方で、子供が出来れば出来たで、それもまた良いかなあと漠然と思っていた。だから子供が出来たって聞いたときは、うれしいような、束縛されてめんどくさそうな・・、なんだか複雑だったなあ。

母ちゃん:私は、学生時代につるんで遊びまわっていた友達が、赤ちゃんを産んで、すっかりお母さんの顔になって抱っこしている様子を見て、女性って変るもんだな~と思ってたんですよ。その母子の雰囲気が良かったんですよねえ。。。そして自分も赤ちゃんが欲しいなあと思ってたときだったから、子供が出来たって聞いたときは、よっしゃあ!て感じですね。

宿主:でも俺は、なんだか自分の子供が生まれる、父親になるってことがピンと来なくてね。母ちゃんは、お腹の中で赤ちゃんが動いたりするから、実感があるだろうけど、男と言うのは、そういうのが無いからねえ。母ちゃんのお腹がどんどん膨らんできても、自分の子供が出来るって、相変わらず信じられないような、実感がわかないような。

台所で乾杯

父と母になる3日前。
ヘルパーさんたちと

母ちゃん:家族のお客さんが来ていて、お父さんが小さな子供さんの面倒を見ていても、俺は、あんなふうにはならないぞ、赤ちゃんなんてきっと、面倒見ないぞ、と言う態度をとってましたからねえ、アナタは。

宿主:照れくさいんだよ。40歳になるまで、子供いなかったんだし。だけど、母ちゃんが病院に定期検診で行ったきり、帰ってこなかったのはいつだったっけ。

母ちゃん:妊娠9ヶ月に入ってすぐでしたね。いつもの定期健診のつもりで自分で車を運転して稚内病院へ行ったんですよね。そしたら、診察したお医者さんが、「早産になりそうだから、このまますぐ入院しなさい」って言うの。一台しかない車を自分で運転してきたし、入院する準備もしていないし、「いったん家に帰りたい」と言ったんだけど、「そんなことしている間に、生まれてしまうかもしれない、今、アナタはとても危険な状態なんですよ!!」て怒られてしまって。

宿主:それまで、全く普通の暮らしをしていて、その日の朝だって、宿の仕事を普通にこなしていたのに。

母ちゃん:お医者さんに言われるまで、妊娠に対して何の心配も不安も無かったのに、そう言われて、「えっ、私は家に帰れないぐらい危険なの?」ってびっくりしちゃって。

宿主:連絡を受けて、ヘルパーと、ヘルパーの車で病院へ飛んでいったら、母ちゃんは、ベッドの上で、点滴をつけて寝かされてるだろ。順調だと思っていたのに、俺もびっくりしちゃってさ。お腹の赤ちゃんは、大丈夫なんだろうかって。

母ちゃん:お腹の赤ちゃんは、順調に育っているんだけど、陣痛に似た張りが何度も来ていて、このまま生まれたら、早産で未熟児になってしまうから、お腹の中で、もう生まれても良い位まで点滴で張りを抑えながら、絶対安静にしていなくてはならなかったんですよ。2週間ほど入院して、家に帰ってからも、安静でいなくちゃならないってんで、それから出産するまでは、ほとんど家で寝てましたね。

宿主:子供は、男でも女でも、どっちでもいいやって、のんびり構えていたんだけど、母ちゃんの入院騒ぎがあって、とにかく、五体満足で、無事生まれてくれればそれでいいって、強く思いましたね。

平成5年8月25日、予定日より20日早く女の子が誕生。宿主40歳にしてついに父親になったのだ。

母ちゃん:2,480グラムだったので、他の赤ちゃんと比べても、小さいんですよ。おっぱいを飲む力も弱くて、夜中に何度も授乳しないといけないし、いやあ、最初の赤ちゃんは分からないことだらけで、大変でしたね。だけど、父ちゃんの態度が、おかしかったんですよ。

おっかなびっくり、慣れない手つきで・・

赤ちゃんの入浴は
お父さん業の初仕事

宿主:何が?

母ちゃん:赤ちゃんが寝ているところを、そ~っと眺めているときの顔がね、なんともいえなくて。照れ隠しで色々言ってたけど、これで父ちゃんも、父ちゃんになったと言うか。

宿主:そ~かな。

母ちゃん:赤ちゃんの髪が薄いのを気にして、「女の子なのに、こんなハゲで大丈夫だろうか」とか、言っていたでしょう。

宿主:だって、本当に髪がちょろちょろしか生えてなかったよ。

母ちゃん:眉毛も生えてないから、マジックで眉毛を描いてやろうかなとか、何かと心配してましたね。

宿主:考えてみれば、予定日より早く生まれたんで、髪が十分生えないうちに、生まれたんだろうかね。

母ちゃん:父ちゃんが考えた、赤ちゃんの名前も、私はすごく気に入ってるんですよ。

宿主:俺は「命名辞典」から二つ候補を出しただけ。決めたのは母ちゃんだよ。

母ちゃん:「野」と言う漢字が入っていて、サロベツっぽくて、すごくいい名前だから、即決で決めちゃいました。生まれる前はいろいろ名前を考えてもピンと来なかったけど、赤ちゃんの顔を見ると、すんなり決まるもんだなあと、自分でもびっくりしましたけどね。

小さく早く生まれた割りには丈夫で、スクスクと病気をせずに赤ちゃんは育っていった。そして平成7年、二人目の赤ちゃんが、お腹の中に。。

母ちゃん:上の子の時に、早産しそうになって大変だったから、今回はあまり無理をせずにと思っていたんですよ。ところが、妊娠5ヶ月目で早くもお医者さんに早産の気があるって言われましたからねえ。私は風邪とかあまりひかないし、体は丈夫なほうなんだけど、どうも体質的に、赤ちゃんを予定日までお腹の中に入れておけないんでしょうね。

宿主:それで、上の子はまだ2歳になる前だったんだけど、どうしてもその子がいると母ちゃんが安静に出来ないからって、保育園に入れることにして、宿の仕事は俺やヘルパーがして、母ちゃんは家でおとなしくしてたんだけどね。

どうやら娘は、見舞いの後にお天気屋でケーキを食べるのが楽しみだったらしい・・

入院中は娘の見舞いが楽しみ

母ちゃん:そうですよ。車の運転も、乗っているのもダメとか言うから、出歩くことも出来ないで、家の中にずっといるんですけど、まるで座敷牢に軟禁されてるみたいでしたね。それでもやはりダメになって。。。

宿主:またもや、定期健診で突然入院を宣告されただろう。

母ちゃん:妊娠7ヶ月のときでしたっけ。やはり切迫早産で、前回は2週間の入院だったけど、「今回は出産まで3ヶ月近く入院してください」って言われてショックですよ。時期は夏の営業が終わって、宿の休業に入った11月だったから、仕事への迷惑はかけないと思ったけど、今回は2歳になったばかりの娘がいましたからねえ。

宿主:宿の仕事はしていなかったけど、保育園から帰ってきたら、母ちゃんがとりあえず娘の面倒を見ていただろう。それが、母ちゃんが入院してしまって全部俺一人にかかってきて、父一人子一人の生活だよ、あれには参ったね。

母ちゃん:オシメはもう取れていたんで、そういう面では楽だったはずだけど。

宿主:それがね、宿は休館期だからお客さんもいないわけだし、俺一人だったらビール飲んで毎日カレーライス食って終わりでもいいけど、2歳の子供がいたら、そういうわけにもいかないだろ。毎日のご飯を子供用にどう作って良いかわかんないしさ。わがまま言って、泣いたりするときもあるだろ。昼間は保育園へ行ってるからいいんだけど、帰ってきてからが大変さ。

母ちゃん:病気もずいぶん保育園からもらってきたらしいしね。

宿主:そうなんだよ。全くそれまで病気をしなかったのに、保育園で流行る病気は全部もらってくるようになってね。手足口病になった時は、口の中にブツブツができて、それが痛くてご飯が食べられなくて泣くんだよ。お腹もすいているから、それでも泣くし。どうして良いかわかんなくて俺、困っちゃってさ。突然熱出したときもあったし。。

父ちゃんにとっても良い経験だったかな?!

父娘二人で母の留守を守ったのだ

母ちゃん:母ちゃんの偉大さが、分かったでしょう。母ちゃんの代わりをやって。

宿主:そうなんだよ。母ちゃんが子供を叱っているとき、こんな小さな子にがみがみ言わなくったって、と思っていたんだけど、自分がその立場になると、自分もそんな風に怒ってしまう。若い母親が育児ノイローゼになるとか、虐待してしまうとか、すごく気持ちが分かったような気がしたな。

母ちゃん:近所の人が見舞いに来てくれたとき、「川上さん、育児ノイローゼになってるよ」って、私に言ってたもんね。3ヶ月近くも病院のベッドで、点滴をつけたまま寝たきりで過ごすと、色々考えたり心配したりしたけれど、どうしようもないんですよね。不治の病で入院しているのではないのだから、とにかく、元気な赤ちゃんを産んで、元気に親子で退院しようって思って私は過ごしてましたよ。

平成8年1月12日、予定日より10日早く元気な男の子が誕生。宿主43歳のときであった。

母ちゃん:1月に入って、予定日より早く生まれても、一応早産ではなく正常産の時期に入ったので、退院しても良かったんだけど、「産気づいたらきっと、川上さんは、稚内までもたないよ。途中車の中で生んでしまうかもしれないし、吹雪だったりしたら、大変だから」とお医者さんがこのまま入院していることを勧めてくれましてね。

宿主:吹雪いたら、稚内まで行くのも大変だからね。よく除雪車が先導して病院まで行ったとか、稚内まで行くのが間に合わず、車の中で生まれちゃったとか、実際の話として聞くし。

母ちゃん:だから、生まれるまでぶらぶらと入院してようってことになって、入院してから初めて外出許可をもらって、11日に父ちゃんと外へご飯を食べに行って、買い物してきたら、もうそれで次の日の明け方に、陣痛が始まってあっという間に赤ちゃんが生まれましたよ。

宿主:朝に生まれたよって電話来た時は、俺もびっくりしちゃった。今度は男の子だよって。

うきゃきゃきゃきゃ

お父さん業も板についてきました

母ちゃん:出産は、それこそ大変なんだけど、ああこれで家に帰れるって思ったら、うれしくてうれしくて。どんどん陣痛が強くなってくると、ゴールが近づいて来ているようで、うれしくって笑ってましたね。

宿主:ということで、今度の男の子の名前は、母ちゃんの出した候補を俺が決めた、というかたちになったんだけど。。

母ちゃん:娘に「野」のつく字をつけたので、やはり息子も「野」のつく字を付けようという事になったんだけど、実は漢字は違うけれど、その年一番男の子に多くつけられた名前だったんで、どうしようかなあなんて迷ったんですよね。でも結局、それに決めちゃいました。

宿主:そして、長かった父一人、子一人の生活にも、ようやくピリオドが打たれたんだよな。

結婚して家族が増えるということは、人生にとって大きな節目であるが、宿にとってもそれは、大きな節目なのだろう。宿主が独身時代に始めた民宿あしたの城も、小さな子供がいることで、雰囲気はどんどん変化していくのだった。

母ちゃん:40歳を過ぎてから、父ちゃんも急に白髪が増えてきて・・、父ちゃんが赤ちゃんを抱っこしていたら、お客さんから「おじいちゃんは、お孫さんのお守りですか」なんてよく言われたでしょう。

宿主:どうも男のヘルパーがいると、ヘルパーと母ちゃんが夫婦で、俺はじいちゃんに見えるらしいんだな! くそ~とか思いながらも、「はいはい」なんて話し合わせたりしちゃったよ!!

はい、あ~んして

今では
喧嘩ばかりしている姉弟ですが・・

母ちゃん:きっと、父ちゃんをじいちゃんだと思い込んで帰ったお客さんは、一人や二人じゃないと思うけど。

宿主:い~んだよ!それで。でもまあ、若いうちに子供が生まれてたら、俺自身がわがままな子供みたいなものだから、子供なんて育てられなかったかもしれないなあ。40過ぎて父親になるのは、すごく遅かったけど、だからこそいくらかは、気持ち的に余裕を持って子供を見ることが出来るのかもしれない。それに、お客さんでは小さな子供を連れた家族連れも多くなったね。

母ちゃん:自分たちに子供がいなかったときは、小さな子供がバタバタしていると、宿の雰囲気が壊れてしまって、気になるところがあったんですけど宿に子供がいたら、もう一緒ですからねえ。

宿主:それに長いこと宿をやっていると、昔よく来ていたお客さんやヘルパーたちが結婚して、奥さんや子供を連れてくるようになったからね。そういった面で、宿の雰囲気もずいぶん変わってきたかもしれないなあ。新館になって、個室対応が出来る部屋を増やして、家族でも泊まり易くなった事もあるんだろうけどね。

母ちゃん:子供が生まれて一番生活が変わったのは、私でしょうね。宿のお客さんと接するより、子供と接するほうが、中心になりましたから、あんまりオモテに出なくなりましたもん。

宿主:宿の仕事は、ヘルパーでも出来るけど、子供の世話は、やっぱり母ちゃんでないとね。子供は子供らしい生活をして欲しいし、夜遅くまで大人に混じって起きていて欲しくないしね。こういう宿をやって、常に他人と一緒に生活しながらの子育てって、ちょっと悩むときもあるよね。子供をお客さんの中で育てると、妙に人擦れした子になりはしないかとか、大人にちやほやされて、子供同士で遊べなくなるんじゃないかとか。。

母ちゃん:周りに家が無い野中の一軒宿がうちの民宿の”ウリ”だけど、子供の遊び相手が家の周りに誰もいないんですよね。送り迎えが大変でも、小さいときから保育園へ行かせたり、学童保育へも行かせてるのは、子供はやはり、お客さんとばかり接するより子供同士で遊んでいて欲しい気持ちからなんですけど。

小学一年生と保育園年中さん

ハムスターのリリコと

宿主:いろんな職種や生き方をしているお客さんが来るから、そういう人から、刺激は受けると思うけど、それはきっと、中学生や、高校生ぐらいになってからだろうね。小さいうちは、できるだけ子供とお客さんとの間のけじめはつけたいんだけど、なかなか難しくて。

母ちゃん:お客さんの前で子供を怒ったり、怒鳴ったり、怖い母さんだなあと思われたりしたでしょうね。でも子供たちもだんだん大きくなってきて、最近では宿の仕事を手伝うようになってきたんですよねえ、これが。

宿主:今や朝のご飯支度や、配膳の手伝いなど、子供たちが立派な戦力になるからね。たまにお泊り会だの、ラジオ体操だのといって、子供たちが朝いないと、仕事が忙しいんだよ。

母ちゃん:赤ちゃんのときは、面倒見ながら、掃除したり、ご飯したくしたりするのは、大変でしたけどねえ。生まれる前は、自分の好きなように段取りを決めて仕事が出来たけど、赤ちゃんがいれば思ったように仕事がはかどらないんで、いらいらしたり、参ったりしましたけど。ようやく、いろいろ手伝ってくれるようになって、楽になりました。。

宿主:そして今では、子供のいない生活は考えられないだろう。何年か前に、子供だけでじいちゃんばあちゃんの家へ帰らせたときは、母ちゃん、しょんぼりしちゃって、元気なかったもん。

小学5年生と3年生

山菜採りでも戦力に・・

母ちゃん:子供がいなくなって、父ちゃんと二人だけの生活に戻ったら、どうしよう、なんて思ったら、、、

宿主:えっ?

母ちゃん:あ、いやあ、こんな田舎に暮らしているとね、きっと子離れしなくてはならない時期って、都会の親子よりも早いと思うんですよ。就職するにしても、進学するにしても。

宿主:まあね、ここは、仕事や学校は限られてるしね。

母ちゃん:だからね、子育てが大変だったり、お母さんお母さん、って、まとわりつかれて、自分のことが出来なくても、そんな期間は全体から考えたら、僅かしかないから、やっぱり、今、子供といる時間を大切にしたいなあと、思うんですよ。息子が悪ガキで、ほんとにまあ、毎日怒ったり、怒鳴ったりしているけど。

宿主:俺は、親からはあまり援助は受けなかったけど、その代わり自由に何でも好きなことをやらせてくれたからね。そのことに関しては、すごく感謝しているんだ。だから息子が生まれたとき、跡取り息子が出来たねって、言われたけれど、宿をついで欲しいなんて思っていない。子供の将来を束縛したくないね。子供たちは、自分の好きな所で、自分の好きなことをやれば良いと思ってるんだよ。

母ちゃん:全く性格の違う二人の子供だけど、将来どうなることやら。子供たちが独立しても寂しくないように、私も自分の世界をちゃんと持っておかないとなあ。

宿主:子供が独立しても俺がいるじゃない、俺が!

母ちゃん:・・・・・

子供たちが成長して学校へ行くようになり、再び自由な時間が取れるようになった母ちゃん。パソコンの導入、HPの開設に興味を示すのだが、インターネットに嫌悪を抱いていた宿主は大反対。次回はいよいよ最終回。民宿あしたの城の現在、そして未来へ。。。

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