現在、そして未来へ…変わりゆく社会状況、旅の形態はどうなっていくのか?

宿の仕事と子育てに振り回されて、何の余裕も無く過ぎていった時間も、平成10年に下の息子が保育園に通うようになると、母ちゃんにはポッカリと自由な時間が生まれるようになった。

母ちゃん:子どもが赤ちゃんのころは自由な時間が無くて、自分だけの時間が欲しいって強く思ったりしましたけど、子どもが二人とも保育園に行ってしまうと、反対になんだか淋しくてね。手持ち無沙汰と言うか、なんと言うか・・

パソコンで最初にはまったのは
ドット絵を描くことでした。

宿主:うちの子供たちは母ちゃんにべったりくっついていたから。

母ちゃん:ちょうどその頃ですかね、お客さんに「オーナー、ここもパソコンを導入してHPを開設してみたらどうですか」って盛んに言われるようになったのは。

宿主:いろんなお客さんから、パソコンのこととか、インターネットの話は聞いていたけど、俺自身は興味なくてね。「用があったら直接電話すればいいじゃん、なんでいちいち文字でやりとりしなくちゃならないの!」って思ってたし、インターネットで繋がる世界ってのも、なんだかお宅っぽくて気味悪かったし。「俺はパソコンなんてしない!嫌いだ!」ってお客さんに言ってたんだよ。なのに横から母ちゃんが、パソコンをしてみたいって言い出してさ。

母ちゃん:だってさ、新聞とかテレビとか見てたら、ずいぶんパソコンやインターネットの話題が出てるし、やらなかったら世の中から取り残されるような気がして。。。こんな田舎に住んでいるから、世の中の流れに取り残されたくない気がしたのかもしれないけど。

宿主:そんな話をしているとお客さんが、「そうだよ母さん、パソコンをやりなさい。そして是非ここのHPを立ち上げて」って、言い出してね。メーカー品を買えば高いけど、自作パソコンだったら安くて出来るからといって、あるお客さんが作ってくれるという。おれは嫌だったんだけど、もう話が盛り上がっちゃったから仕方ない。母ちゃんの勝手にすればということになって、平成11年の秋だったかね、パソコンが来たのは。そしてデジカメを買ったのは12年の、年が明けてすぐだったかな。

母ちゃん:ワーワー騒いで導入したパソコンだったんだけど、ファイルとフォルダの意味も知らなかったので、最初は本当に何もかも分からなかったですねえ。通えるようなパソコン教室なんてないし、周りに詳しい人だっていない。自作パソコンだから、変になってもメーカーに問い合わせできないんです。パソコンを作ってくれた人に電話して聞いたり、本を買って調べたり・・、でもね、自分の分からない所が、教則本のどこに書いてあるのか、それすらも分からないんですよ!

宿主:母ちゃんが難しい顔をして、だま~って飯を作っている様子を見ると、「ああ、またパソコンでなんか分からない所があるんだろうな」ってすぐ分かったよ。

平成12年6月、ついに母ちゃんはあしたの城のHPを開設。しかし最初のHPは、目次の置いてあるトップと、風景写真が載ってある「景色」の、2ページだけだった。

宿主:俺さ、いまだにHPって言うのをあんまり見たことないんだけど、普通宿のHPって言うと、何はさておき宿の宣伝を載せるもんじゃないの?

母ちゃん:そうなんですよ、普通はね。ところが私がHPを作ろうと思った最初の動機はね、常連さんたちに今のサロベツの風景を見てもらいたいな、っていうだけだったんですよ。

宿主:集客目的のHPじゃなくてかい。

母ちゃん:長く宿をやっていると、それだけ常連さんもいっぱいいるんじゃないかって思われがちだけど、若いころよく来ていた人も、仕事が忙しくなってきたり結婚したりすると、そうそう今までのようにサロベツに来れなくなったりするんですよね。

宿主:そうそう、サロベツにまた行きたいなあ、って思ってはみても、休みが取れないとか、奥さんや子どもがいると、気兼ねして遊びに来れなかったりとか。年賀状に行きたい行きたいって、よく書いてあったりするんだけど。

02年から家族キャラに

母ちゃん:そういう人たちにね、せめて今の風景をHPで見てもらって、ちょっと和んでもらいたいというか。。。だってね、しょっちゅうサロベツに来る人だって、帰るときに、「あ~、帰りたくないなあ、もっといたいなあ・・・」とか、言ってるでしょう。「サロベツに来る前は、あと何日で北海道へ行く、とか、指折り数えて、それだけを楽しみに、仕事を頑張ってるんだよ」とか、お客さんから聞くでしょう。

宿主:北海道病にかかっている人だね。北海道に来て、病気が良くなるんだけど、都会へ帰るとまた悪化して、また北海道に療養しに来る人たちだね。

母ちゃん:そういう人たちを思い浮かべながら、その人たちに今のサロベツの風景を伝えたい、移り行く花の風景や、夕日なんかを見てもらって、そして元気に日々の生活を送って欲しいなあ、という気持ちで始めたというか。

宿主:なるほどねえ。

母ちゃん:だから、最初のコンテンツは、「風景」、その次に「夕日」、それから「薪ストーブのある暮らし」あたりを始めて、半年ぐらいたってようやく「宿」の宣伝部分を作ったかなあ。普通の宿のHPとは、UPしていく順序が逆ですね。。。

何の知識もなかった母ちゃんは「HPの作り方」なるマニュアル本を見てHPを作成。自分がきれいだと思った風景写真を撮って、HPを更新していったのだが・・なんと、母ちゃんのHP作成を邪魔する奴が!

母ちゃん:HPは更新しないとダメって言うけど、サロベツの魅力を伝えようと思うと、更新する材料はいくらでもあるから、更新しやすいんですよね。だけどね、更新しようと思うと、思わぬ邪魔をする奴がいましたね。

宿主:えっ、HP作成の邪魔をする奴がいたのかい。

母ちゃん:デジカメで写真を撮ろうと思うと、やっぱり天気の良い日が、きれいな写真に撮れるので、天気の良い日は仕事が終わってから出かけるんですよ。そうすると、嫌な顔をする人がいましたね。

宿主:誰だい、そいつは!!

母ちゃん:天気がいい日に、お前ばっかり遊びに行くのはズルイって、帰ってくるとぶす~ッとして怒っているんですよ!

宿主:何!!

母ちゃん:HP作成のためにパソコンの前に座っていると、そんなことをしている暇があったら、窓拭きでもしろ!とか!

宿主:俺のことかい、そいつは!!

母ちゃん:ほかにも受けた妨害の数々は計り知れずですよ!!

宿主:だってさ、えっと、なんていうか、母ちゃんは俺の嫌いなパソコンのことばっかりで、頭がいっぱいなんだから!お客さんまでが母ちゃんの味方をしてさ!!

母ちゃん:そりゃそうだよ、側にいた常連さんが、「母さんがHP作成のために写真を撮りに行ったり、パソコンの前に座ったりしているのは、飯を作ったり、掃除したりするのと一緒ぐらい大切な仕事なんだから、協力してやんなさい!!」って私の味方になってくれて。それでも父ちゃんはブツブツ言ってたけど、でも態度が変わったのは、いつ頃だったかしらん。。。

宿主:平成13年の連休の頃かね。それまではHPの話題も、宿のサロベツ倶楽部に入っている人ぐらいだったけど、一般のお客さんも、「あしたの城のHPを見てますよ」って言い出したんだ。

母ちゃん:一般の人はその頃からうちのHPを見出したんでしょうね。それまではHPの存在を、サロベツ倶楽部の会員さんにしか知らせてなかったけど、宿の紹介コーナーを作ってやっと宿のHPらしい体裁になったので、「とほ」や、豊富町の観光協会のHPとかに、リンクを張ってもらったりしたから。カウンターも、その頃にようやくつけたりして。

宿主:それでさ、「宿のHPを見て来た」と言うお客さんがどんどん増えてきたんだよ。クチコミで、名前は知っていたけど、HPの写真が決め手になったとか言うんだよね。

母ちゃん:クチコミで評判になるのは、とっても大切なことですけど、HPの写真を見ると、具体的に分かって安心するんでしょうね。結果として集客にも役立つなら、私にとっても願ったりかなったりですよ。

宿主:そして今では、かなりの割合がHPを見て来てるだろう。もうHPの存在を無視できないし、宣伝媒体のウェートとして非常に大きいからねえ、今では素直に俺の非を認めますよ。こんなにパソコンが普及して、一般的になるなんて、思ってもみなかったし、昔はパソコンやってる奴は変人っぽかったけど、今じゃやってない奴の方が、変人だもんな。

母ちゃん:ふっふっふ、「母ちゃんがパソコンと浮気してる!パソコンに母ちゃんを取られた」って常連さんに言ってたようだから、私に意地悪したのは、私に相手されなくていじけていたのね。今ではパソコンに理解してくれてるし、ずいぶん協力もしてくれているから、今までのことは、許してあげる。

宿主:何言ってんだいバカ!パソコンやインターネットの重要性は認めるけど、だからと言って俺はパソコンをやらないぞ。いまさらそんなものやれるかい。自分のHPを見たことがないというのを自慢にして、これからも俺はパソコンとは無縁の生活を送るからな!

2001年春のHPタイトルロゴ

あれほどミステリーの世界だったパソコンも、理解してしまえば単なる生活の道具となり、HPを作成するものの、母ちゃんはインターネットの世界にのめり込むような事はなかった。宿主は、芝生の手入れや野菜作りに精を出すようになり、母ちゃんは花を育てることにも興味を示す。そして平成16年、新たな家族が増えたのだ。

母ちゃん:現在を語る上でね~、ノンタのことは、外せないですねえ。ハムスターを2匹ぐらい飼ってはいたけど、ついに犬を飼いたいと娘が言い出して。子どもは必ず犬とか飼いたがるんですよ。

宿主:でもなあ、俺は娘を影で操っていた奴がいたと思うな。娘を影であおって、本当はそいつが一番犬を飼いたかったんじゃないの??

母ちゃん:えっ、それって私のこと?そりゃあ、実家ではマルチーズとか、柴犬とか飼ってて犬は好きだったけど、なんとなくここでは犬は飼えないかなあと思ってたんですよ。。確かに娘が言い出したときは、チャンス!とは思ったけど。へへっ。

宿主:俺は犬を飼うのに反対だったんだ。客商売をしてるし、生き物を飼ったら、旅行に行けなくなるし。ところが母ちゃんが、「子供が学校に行ってる今は、宿の休みと学校の休みがあわないんで、どっちみち旅行にいけないから、犬を飼うのなら今だ」とか、娘の味方をしてさあ。

いつも仕事の側に・・

母ちゃん:だってその通りなんだもん。

宿主:娘の懇願についに折れて飼っていいって言ったら、すぐに母ちゃんが「世界の愛犬カタログ」なんて本を買ってきたり、俺が「黒のラブラドールを飼いたい」って言ったら、インターネットで札幌の愛犬家が売りに出してる子犬を探してくるし、えらい積極的だったんだよな。

母ちゃん:そんなことを言ってさ、ノンタの面倒を一番見てるのは父ちゃんだもんね。良く遊んでやってるしさ、庭仕事をしてるときも、いつも横で遊ばせながら、やってるし。

宿主:う~ん、俺の大事にしている芝には、オシッコをして枯らしちゃうし、畑は食い荒らすし、何でもかじってボロボロにしちゃうし、とんでもない奴なんだけど・・・、でも可愛いんだな。

母ちゃん:やっぱ、何も言わないから可愛いんでしょうかねえ。やんちゃで利口とは・・言いがたいけど、なんかこう、一緒にいると笑っちゃう。畑を荒らして害獣って最近は言われるけど。

宿主:最近ノンタを放していると、俺の大事な畑のニンジンを掘って食べちゃうからなあ。せっかくここの広い庭で飼ってるんだから、都会の狭い庭で飼われている犬にはない自由さを、ノンタに与えてやりたいんだけど・・・そういうわけにいかないもんな。犬が嫌いなお客さんもいるから、ちゃんと節度ある飼い方もしたいしね。

母ちゃん:今のところまだノンタは子どもだけど、大人になって落ち着いたらどうなるかですね。もうノンタのいない生活も淋しくて考えられないし、これからも続くノンタとの生活が、また楽しみですね。

ということで、昭和52年に父さんが一人で始めた宿も、母さんが加わり、子どもたちが加わり、ワンちゃんも加わって、いろんなことがあったけど、それを乗り越えて、みんな元気に幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

母ちゃん:って、本当にめでたいんですかねえ??

宿主:なによ、いきなり。いいじゃん、昔は苦労していろんなことがあったけど、今は犬もいて家族もいて、幸せに暮らしてるって終わったら、この手の物語としては、最高の終わり方でしょう。

母ちゃん:だけどさ、本当は今が一番大変なときじゃないかって思ったりするわけですよ。火事にあった時だって、あの頃はお客さんが最高に来ていたときだから、再建すればどうにかなるって希望があったじゃない。だけど今はお客さんがどんどん減ってる。うちの宿だけじゃなくて、この手の宿が全体的にそうだって言うでしょう。

宿主:リストラもノルマも関係なく、お客さんとおかしく楽しく暮らして、宿屋商売って、本当にいいなあって思われるかもしれないけど、自分たちの仕事も、不況だとか就職難だとか言う社会の動きと密接に関係してるからね。

母ちゃん:昔は若者の宿とか言われてたけど、今は若い人が少なくなりましたよね。周遊券がなくなったからとか、バイクに乗る若者が少なくなったからとか、ケータイとかの通信費がかかって旅にお金をまわせないとか、北海道に来るより海外に行くほうが安いとか・・、色々言われているけど、根源は、若者に仕事がなくて、旅をする余裕がないという、今の社会情勢に関係しているのでは、と言う見方もありますよね。

宿主:昔は、定職につかずフリーターになるのは本人の希望だったよね。長期間休んで旅をするために、定職につかない。アルバイトの口がいくらでもあったから、そういうことが出来たんだ。転職だって簡単にできたし。次の仕事までに時間が出来たから、旅に出たなんて人はいっぱいいたな。

母ちゃん:だけど今じゃ定職につきたくても定職がないんで、仕方なくフリーターになる若者や、学校行かずも仕事もしないというニートという存在も増えてきている。そういう人たちは、旅に出たくても、収入が少なかったり親にいつまでも養ってもらってたりで、旅に出る余裕なんてないですもんね。

宿主:仕事をしている人たちだってリストラの恐怖にさらされているだろ。会社がリストラしすぎて、残った人にかかる仕事の負担が大きくなって、旅のための、まとまった休みも取れなくなったって人も、多いしね。でもそうなれば、旅の仕方も短期間でお金のかからない近場で済ますというパターンとかに変化してくるかもしれない。

母ちゃん:そんなこんなでお客さんが減ってくると、もう宿だけで生活していけるのかなあ、なんて日々不安に思って暮らしてるわけですよ。もちろん、HPには書かないようなプライベートな悩みだってあるわけだし。

宿主:プライベートな悩みって、離婚とか考えているわけじゃないだろうね??

母ちゃん:離婚するならとっくの昔に離婚しとるわい!!!えっとなんだっけ、ああそうだ、自分のHPは、いつも見てくれている人に、日々の現実を忘れてもらって、楽しい事や夢を感じさせるものにしたいって、作るうえでの自分の想いはあるんだけど、「めでたしめでたし」で現在を終わったら、それこそ「嘘つき!」って自分に思ってしまうんだな。。どうやって自分が納得して話にオチをつけようかなあと色々考えてると、面倒くさくなっちゃって・・、あ、いやいや、悩んじゃって。。。

宿主:それで「あしたの城物語」の最終話を、1年もUPせずにほったらかしていたのかい。俺、ずいぶんいろんなお客さんに、いつ最終話をUPするんだと訊かれたんだぞ。

母ちゃん:えへへ、まあ一人で製作してるHPなんで、そこのところは自由ですから・・・。

宿主:お客さんの数が全体に減ってきてるなら、やっぱ何らかの営業努力をして、今の時代を生き抜いて行かないとだめだよな。でもなあ、だからと言って、なりふりかまわずツアー客を受け入れるとか、そういうことはしたくないんだよなあ。若い人が減ったと言っても、最近は反対に年配の人の割合が増えてきただろう。

母ちゃん:そういえば最近、定年退職前後の人が増えてきましたね。若いころ乗りたくても買えなかったからと言って、非常に高価で大きなバイクに乗ってやってくる年配ライダーが増えてきましたよ。

宿主:年配なので、男女別の相部屋でいいのかしらと心配してても、若いころユースに泊まり歩いたから、全然平気だって言うんだ。第一次ユース世代の人たちなんだよ。夫婦で個室をとっている人だって、寝るときは自分たちだけがいいけど、食事のときや、くつろぐときは、みんなと楽しくやりたいからっていう、年配の人たちも多い。

母ちゃん:若いころにユースを使って自由な旅をした団塊の世代が、これからどんどん退職していくので、そういう人たちがまた、旅をしたり、バイクに乗ったりするようになると、客層も変化してくるかもしれないですよね。若者の宿と言う風にこだわっているわけではないし。けして強制ではなく、みんなと交流できるような自由な雰囲気を大切にして、それを気に入ってくれる人なら、若者でも年配でも泊まりに来て欲しいですね。

宿主:そうして団塊の世代が退職していくと、若い人たちの採用も多くなるわけだし、そうなると、社会情勢もまた変わっていくかもしれない。それに今は南の島がブームだとかで、若い人は沖縄に行っていると言う話もあるよ。

母ちゃん:若者に旅の文化って継承されていくのかなあ・・と思っていたけど・・。そうかあ、若者は南の島へ行ってるのか。沖縄は物価が安いって言うもんなあ。

宿主:今は南の島に世間の目は行ってるかも知れないけれど、そのときのブームって、色々変化していくもんだよ。自分たちの宿屋商売が成り立っていけるには、みんなが安心して旅に出れるような、平和な世の中であることが一番だよね。今、ちょっと怪しげな時代になってきているけど、心豊かで平和な世の中が続いてくれるのが一番いいなあと思うよ。。

母ちゃん:ああ、この長かった対談も、平和な世の中を願う話にいきつくなんて、思ってもみなかったですね。それではこの対談の締めくくりとして、将来の夢なんてものを、父ちゃんに聞いておこうかなと思うんですけど。

宿主:将来の夢?そうだなあ、雪のない南の島へ行って、ぼ~ッとして暮らしたいなあ。

母ちゃん:え~?!今、南の島にお客さんを奪われてるって話をしたのに、あんたまでも南の島で暮らしたいって??

宿主:雪の中の生活は、もう飽きたし。冬だけでも南の島で、ぬくぬくと暮らしたいなあ。温泉もあったら最高だなあ。

母ちゃん:何言ってるの、もうちょっと、お客さんのために宿をどうしたい、こうしたいって、最後を締めくくる言葉として何かあるでしょうに。みんなに愛されるような宿にしたいとか!うっ、これは自分で言ってもちょっと赤面するなあ、う~ん、なんかもっとお客さんにアピールできるような!!

宿主:だって夢でしょ~、俺の夢は南の島でビールを飲むかぁ、ドイツにいってビールを飲むかぁ、とにかくビールを飲んでボケ~と暮らして・・・

母ちゃん:こりゃあかんわ、商売っ気のないオッサン!ようこれで長いこと宿をやってこれたもんやなあ。。

今を生きるあしたの城ファミリーは、いろんな人との出会いに支えられ、理想と現実の狭間でもがきつつ、これからもサロベツにしがみついて生きていくのでしょう。南の島を夢見て、ひとまず平成17年9月現在でこの対談を終わります。2年間に渡りこの架空対談にお付き合いしていただいてありがとうございました。

このページの先頭へ