80年以上前、開拓に入った人の末裔
その人は「豊徳の集落」はどこか?とか、開運橋から川を見たいとか、普通の観光客とは少し違うなとは思っておりました。よく聞けば、80年以上前に初めてここ豊徳台地にやってきて、森林伐採をした人の子孫の方だそうで、あ~だからなんだ~と謎がわかりました。
開拓の歴史とか興味があったので、豊徳の歴史を調べたことはありました。大正15年に鉄道が開通し、豊富市街は家や商店が立ち並んでいましたが、あしたの城が建つこの豊徳台地は、町から道が通っていなかったので、開拓に入る者はおらず、昼でも暗い原始林だったそうです。冬期間のみ人がやってきて森林を伐採し、春になるといかだにしてサロベツ川に流し、天塩港から内地に出荷していました。
お客さんは、その森林伐採をしていた人の子孫で、お客さんのお母さんが小さいころ、天塩から川をさかのぼって豊徳台地にやってきた話を聞いたことがあるのだそうです。私は資料で、春のサロベツ川は、出荷する木材のいかだで埋め尽くされていたと読んでいた記憶があるので、開運橋から川を見たくなった気持ちは分かりました。お客さんのご先祖さんは、たしか森林伐採だけで、その後昭和9年に形ばかりのぬかるみ道路が開通してから入植した人たちが、本格的に豊徳地区を開墾していったと記憶しています。
もっともっとここら辺の開拓時代の話を聞きたかったな~と思いました。また来ますって言ってくれていたので、その時を楽しみにしています。
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2012年7月22日 | テーマ:民宿での出来事 | コメントは受け付けていません。 |